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映画館で上映されるものが“映画”
 リュミエール研究所の所長であり、カンヌ国際映画祭総代表も務めるティエリー・フレモー氏。自らプロデュース、監督、脚本、編集を手がけ、「映画の父」リュミエール兄弟が残した1422本の短編作品から108本を4Kデジタル修復し、1本の作品として『リュミエール!』を完成させた。映画に人生を捧げてきたフレモー氏の映画愛あふれる本作への想いや、昨今の大きく変わりつつある“映画”というメディアへのこだわりを聞いた。

【写真】「映画の父」リュミエール兄弟

◆映画という芸術の未来を改めて考えるきっかけに

――約120年前に撮影されたリュミエール兄弟の作品を、いまこの時代に修復し劇場公開されるのには、どのような想いがあるのでしょうか。
【ティエリー・フレモー】「なぜいまか?」と問われるならば、それはデジタル4Kでフィルムの復元ができるようになったからということです。そのなかで、科学的に修復するだけではなく、リュミエールの映画を映画館で上映したい、観客に観てもらいたいと思いました。彼らは、技術的に映画を作り、芸術として成立させ、映画館で観るという、映画に対して3つの発明を成し遂げた偉大な映画人です。そんな功績を映画史に残したかったという意味合いが強いです。

――修復という作業を通じて、改めてリュミエール兄弟の偉大さを感じることができましたか?
【ティエリー・フレモー】映画を修復するというのは、ある意味で解釈を与えること、仮説を立てることであり、そして提案することでもあります。4Kから35ミリのフィルムに戻すとき、もう一度映画に生命を与えることになるのです。ただ単にモノクロの映像を修復するということではなく、フレームを修復することでは、当時とらえたスピードなども感じることができ、芸術的な部分も修復していく作業だと感じました。

――本作を映画館で鑑賞した人はどんなことを感じると思いますか?
【ティエリー・フレモー】リュミエール兄弟の映画は、映画史を変革する役割を果たしてきました。この作品を観れば、これまでの映画史を振り返ることができます。さらに「映画という芸術が未来に続いていくのか」ということを改めて考えるきっかけになると思います。

◆個人の消費か社会の芸術か 映画のとらえ方が問題

――フレモーさんは、映画というメディアの未来をどのように考えているのでしょうか?
【ティエリー・フレモー】これまでの歴史において、映画が危機に面したことはありますが、それでも人々は、映画がこの先、なくなるとは思っていなかったはずです。これからも決してなくなることはないでしょう。映画は可能性のある芸術です。

――可能性のある芸術という意味で疑う余地はないと思いますが、一方でネット配信など、映画を取り巻く環境は大きく変わってきました。
【ティエリー・フレモー】いま映画と対立する位置にあるのが、ネットで観る映画、テレビドラマのシリーズものです。多くの場で議論されている問題ですが、映画を個人の消費という形でとらえるのか、集団や社会のなかの芸術として受け入れていくのか。そこは大きな問題です。
 私はサッカーが大好きで、ほとんどの試合をテレビで観ています。ただ、スタジアムで観る試合はまったく意味合いが違います。スポーツ全般の神話はスタジアムで起きるのです。音楽も同じで、たくさんのアーティストのアルバムを持っていますが、家でそれを聴くのとライブ会場で観るのはまったく違うのです。

――ネット配信と劇場で映画を観る行為は別物だと。
【ティエリー・フレモー】そうです。でも、決してどちらかが上だという結論を出そうとしているわけではありません。単純に映画というのは、映画館で上映されるものだということを言いたいのです。

◆ネット動画サービスを否定しているのではない

――映画は、“映画館で上映されるもの”として作られるべきということでしょうか?
【ティエリー・フレモー】クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』を観たとき、これは映画館で観るための作品だと思いませんでしたか? もちろん、映画館で観ても、スマートフォンで観てもあまり変わらない作品もあると思いますが、スタンリー・キューブリック監督や黒澤明監督、ジョン・フォード監督の映画は、映画館で観るために作られた映画です。これからも彼らのような映画を作る作家は生み出されていくと思います。

――さまざまなデバイスでの視聴が広がっていますが「映画は映画館で上映されるもの」というお考えは揺るぎのない信念なのでしょうか?
【ティエリー・フレモー】まったくその通りです。私自身、学生のころは行動的ではなく、あまり授業にも出席しませんでした。そんなとき映画館に行っていたのですが、そこでいろいろな街を知り、世の中を知ることができたのです。映画を観たあとは、何かをやり遂げた気持ちになったものです。私の子どもたちは1日中ゲームをしていますが、いつも「映画館に行きなさい」と話しています。そこには多くの影響を与えてくれるものがあるからです。

――今年のカンヌ国際映画祭では、Netflixが制作したポン・ジュノ監督の『オクジャ』とノア・バームバック監督の『The Meyerowitz Stories』が大きな議論になりました。
【ティエリー・フレモー】Netflixの問題はとても複雑です。コンペティション部門に出品された2人の偉大な監督の作品は、作家主義という視点から選ばれたのであり、本来Netflixで製作されたかどうかは関係ありません。しかしながら、Netflixはこの作品を映画館で上映することを拒否しました。そのため、来年に関してはコンペティション部門の出品規定を変更し、フランスの劇場で上映されない作品は対象外にしたのです。

――「映画館で上映されない映画は、映画ではない」という認識なのでしょうか。
【ティエリー・フレモー】Netflixやネット動画サービス自体を否定しているのではありません。世界的に新しい流れを作っており、豊富な資金もあります。いろいろな発明も行っています。そして、彼らも映画を愛している人間です。ただ、経済方式がネットであり、映画館ではないのです。私たちにとって、それが大きな問題なのです。こうした問題は、もっと大きく議論されるべきです。多くのアーティストや作家は、Netflixで自分の作品が配信されることを承諾しています。映画作家たちにとって、資金が潤沢にあり、好きなことをやっていける独立性を与えられるということは、非常に重要なことだと理解しています。

◆世界で通じる普遍性のある日本的な映画作家は多い

――今年は東京国際映画祭に初参加されました。
【ティエリー・フレモー】日本は世界でも有数の映画大国ですし、その首都・東京で映画祭が行われることは必然だと思います。今年のコンペティション審査委員長を務めたトミー・リー・ジョーンズは友人であり、とても親近感がわきました。映画好きが集まる場所というのは、パリ、リヨン、東京などどこであっても、私に大きな希望を与えてくれるものです。

――映画大国と言われる日本の映画界ですが、国内だけで完結し閉塞感が漂うという一部の指摘もあります。
【ティエリー・フレモー】ジョン・フォードは「ローカルでいなさい。そうすればインターナショナルになる」と言っています。小津安二郎監督、河P直美監督、北野武監督もとても日本的な映画作家ですが、同時に世界でも通じる普遍的なものを描きます。宮崎駿監督、是枝裕和監督、三池崇史監督もみな世界的に評価されています。私が今回、東京国際映画祭に訪れたのも、新しい監督を発掘するためという要素が大きいんです。

――作家性と商業的という二律背反する側面に悩まされる映画作家も多いようです。
【ティエリー・フレモー】たとえば、いまの韓国映画は作家性がありながら、商業的にも成功している作品がたくさん作られています。フランスでも、ジャック・オーディアール監督は豊かな作家性を持ちつつ、商業的にも成功しています。ほかにも、デヴィッド・フィンチャー監督、ペドロ・アルモドバル監督などもそう。映画史上、もっとも観客とのつながりが強い映画作家は、アルフレッド・ヒッチコックだと思いますが、彼もまたすばらしい作家性を兼ね備えています。もちろん、それぞれの国でそれぞれのやり方がありますが、日本の観客のみなさんはとても知的で大人であり、良い映画を見極められる土壌がありますので、作家性を出しつつ、商業的にも成功することは決して無理なことではないと思います。
(文:磯部正和)

(提供:オリコン)
「映画は未来への可能性がある芸術」と語るティエリー・フレモー氏(写真:逢坂聡)
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