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谷村新司、日中文化交流の今を語る
 日中平和友好条約締結40周年を記念して谷村新司が9月21日上海、9月28日北京でコンサートを行った。昨年は日中国交正常化45周年で上海でのコンサートを成功させての2年連続の民間外交。彼が見たのは、日本語の歌に涙する聴衆の姿だった。

【ライブ写真】感動で涙ぐみながら発光させたスマホをふる中国聴衆

■日中平和友好条約締結40周年の中国コンサート成功

 谷村新司は、アリスとして日本の音楽ポピュラーシーンに1972年にデビューした。多い時には年間300回を超えるコンサートを行いながら日本全国を回り、徐々にファンを増やしていく。そして谷村の深夜放送『セイヤング』へのレギュラー出演がきっかけとなり1975年発売の「今はもうだれも」がスマッシュヒット、その後「冬の稲妻」「チャンピオン」などの大ヒット曲が続出し、押しも押されもせぬ人気グループとなった。そして、その名や音楽は広くアジアにもとどろくことになる。

■80年代から日中の文化交流の要としての活動

 1978年のケ小平副主席の訪日がきっかけとなり、中国は改革開放宣言がなされ1981年には、国家事業として日中の若者の交流を深めることを目的とするコンサートにアリスが日本の青年代表として招聘された。会場の中央には後に主席となるケ小平の姿もあったという。まさに国をあげてのイベントに参加したわけだ。

 当時、人民服で身を固めた中国の聴衆は最初大音量でビートのきいた音楽にとまどい、いささかぎこちない表情だったという。ところが徐々に中国の人々の心は解きほぐされ、最後には観客席も手をつないでの「美しき絆」で幕をおろすことになる。谷村新司は、その日から日中の文化交流の要としての活動を続けてきた。時には政治的問題があり国交正常化の記念コンサートが延期となることもあった。しかし、どんな時も屈せずに両国の末永い友好の必要性を信じてきたのが谷村だ。

 今年の中国でのコンサートで谷村自身が感じたことを語ってもらった。

■最後は日本語で「昴」の大合唱

【谷村】2012年の国交正常化40周年の中国公演が政治的問題で急きょ延期となって、その後の5年間は文化交流が閉ざされていました。その延期だったものが昨年上海での国交正常化45周年コンサート、そして今年の平和友好条約締結40周年コンサートで再開が実現しました。昨年は上海だけでしたが、今回は上海と北京でのコンサートとなりました。上海は上海大劇院、日本の国立劇場のようなところ。北京は10年前のオリンピックの年に、アジア13ヶ国の代表歌手を招聘して開催された「アジアの夜」というイベントに特別出演した北京展覧館劇場でした。こちらは3000人規模でワンフロアの芸術的な劇場、当時のソ連との友好関係のもと創られたロシア建築の歴史的建造物です。どちらも簡単に使用許可が出る場所ではないらしいのですが、中国側が用意してくれました。

――お客さんの反応はいかがでしたか。
【谷村】2ヶ所とも満員で、とても印象的だったのは、会場に若い人が多かったことです。半分近くが30代前の若者だと感じました。2010年の上海万博開幕式でアジア大陸代表として「昴」を中国側からの要請で、日本語で歌いました。それ以来若者への認知が広がっているようなんです。みんなとても熱狂的に楽しんでくれていて、涙を流している人も多かった。北京のフィナーレでは、会場のほとんどの人々がスマホをライトモードにして振ってメッセージしてくれて、僕にとっても感動的な場面でした。後日、当日の模様を収録した中国のテレビクルーがお客さんにインタビューしている映像を見せてもらったんですが、笑顔で「国の違いや言葉の壁は関係ないと感じた」とか「思わず涙が流れました」というコメントが多かったですね。また驚いたのは「いい日旅立ち」や「花」や「サライ」「昴」といった曲を中国の人達が日本語で一緒に歌えるという事です。最後は日本語で「昴」の大合唱となり会場中が感動の涙を流しました。

■中国側からの要望で、日本でのツアー内容を再現

――今回は、『38年目の昴』と題した日本で続行中のツアー内容をそのまま持って行ったとか。
【谷村】 僕の場合は、両国やアジアの交流を優先させていることもあり、今回初めて中国側からの要望で、日本で今行っているツアー内容と同じものを見たいという事でした。これは僕にとっても大きな出来事で、聴く側が育ってくれているということを実感しました。今回のツアーは6月から始まっている中で、上海・北京公演があり、次は愛知につながっているんです。ですから本当にツアーの一環に組み込めたということは個人的にも衝撃的でしたが、これからにつながる発展的な事例になったと思います。

■文化交流まで途切れたらすべてが終わってしまう

――ところで谷村さんは政治的問題で両国交流が危機に瀕しているときも変わらない姿勢をつらぬきながら文化交流を行っています。交流を長続きさせる秘訣は?
【谷村】 交流を長続きさせるには建前ではなく本音で話ができるようになることが必要だと思いますし、郷に入っては郷に従えの鷹揚な考えも必要になると思います。1984年に韓国のチョー・ヨンピル、中国のアラン・タムと一緒に「PAX MUSICA(音楽による世界平和の意)」というコンサートを始めた時も、まずは顔合わせで、3人で倒れるまで飲みました。結果、細かいことにこだわらない友好関係ができてイベントは大成功しました。また、そこから3人は親友であり兄弟となり、今でも交流を続けています。文化や習慣も違う国に出かけていって一緒に制作をする訳ですから、あらゆる面で手違いや衝突も起きますが、その国の国民性や考え方をお互いに学び理解した上で信頼関係を築く努力が大事だと思います。

――本音と建て前を理解してこそ長続きにつながるのですね
【谷村】 国と国との交流の場合は、様々な力学が働くので時には断絶に近いことだってあります。でもだからといって文化交流まで途切れたらすべてが終わってしまう。細い糸が残っていれば、そこを太くするのはやりやすい。でも、一度切れたものを元に戻すのは大変な労力と時間が必要になるんです。僕は2012年の国交正常化40周年コンサートが中止になった時にも、「文化が最後の砦だ」とお話したんですが。その考えは今も変わりません。

(提供:オリコン)
日中文化交流の今について語る谷村新司 (C)oricon ME inc.
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